東京高等裁判所 昭和42年(う)1841号 判決
被告人 坂本節夫
〔抄 録〕
弁護人の控訴の趣意の第一点および第四点は、原判決は被告人の過失を認むべき事実として、対向車である上野博文(同人はその後中曾根と改姓したが、以下便宜旧姓をもつて表示する。)運転の自動車が右折の信号を出していたのに、被告人がこれに気づかなかつた旨の事実を認定したが、原判決挙示の証拠を検討しても、右上野の自動車が右折の信号を出していたのに、被告人がこれに気付かなかつたことを認めるべき証拠はない。而して、右対向車が右折の合図をしていた事実、従つて被告人においてこの合図に気付かなかつたという事実は、被告人の本件業務上過失致死傷の犯罪の成否に影響のある重要な事実である。それ故、原判決には犯罪の成否に関係のある事実を証拠によらないで認定した違法か、または証拠の採否について経験則に反し事実を誤認した違法がある。そもそも本件事故は、被告人運転の自動車に対し、対向車である前記上野運転のトラツクが事故の直前一旦停止することも減速することもせず突然右折したため、被告人において事故発生の危険を感じ、急制動の措置をとり減速したが間にあわず、被告人の自動車は右上野のトラツクの左後部泥よけ附近に接触した結果発生した事実が明らかである。すなわち、本件事故の発生原因は対向車の運転者である上野が、無謀にも被告人運転の自動車の直前を接触することなく通過できると過信して右折したことにもあるものであるから、本件につき被告人は無罪であるというのである。
よつて、右所論に基づいて按ずるに、原判決挙示の証拠中、原審証人上野博文の証言中には、本件事故の直前、対向車を運転していた同人は、進路前方を対進して来る被告人の自動車を発見する以前に、既に自車の右折の合図を出していた旨の供述があるのであるから、原判決が証拠によらないで上野が右折の合図をしたのに被告人がこれに気付かなかつたとの事実を認定したという所論は採用できない。
しかしながら、原判決が右上野博文の証言を採用して事実認定の証拠とした点の当否を考えるに、当審における事実取調の結果に照して同証言を吟味すると前記証言の信用性には多大の疑問がある。すなわち、同人の当審法廷における証言によれば同人が本件事故当時運転していた自動車はいすゞデイゼルトラツクTD五〇型ダンプトラツクで、その前部方向指示器は左右とも、横十糎位、縦五糎位の箱型の、表示面の色は前面が黄色で背面が赤色のもので、点滅式であり、左右両側のフエンダーの上のバツクミラーの支柱より若干後方外側に設置されていて、運転台のハンドルの下についているフラツシヤースイツチによつて操作する形体、方式のものであること、同人はその前日も右自動車を運転し、作業終了後午後四時か五時頃横浜市内にある会社においてこれを洗車したうえ、当時その近くにあつた自宅附近の舗装道路上に停めておき、本件事故当日は午前六時頃右自動車を運転して同所を出発し午前六時四十分ごろ本件事故現場のY字型交差点にさしかかつたこと、当日始業点検の際には前記方向指示器には埃が附着していた形跡はなく、また、自宅から右交差点に至るまでの間に右方向指示器の点滅の信号が看取できない程に埃や泥が附着するとは到底考えられないし、右方向指示器に多少埃や泥が附着してもその点滅の信号が見えないということはないこと、および当日右方向指示器は故障なく作動していたことが、それぞれ認められるのであるが、本件事故後被告人が病院において上野に対し、同人の自動車の右折の合図を現認しなかつた旨主張するや、同人は被告人に対し、自車の方向指示器に埃がついていて対向車の被告人らからは見にくかつたのではないかなどと、明らかに前示証言と矛盾する弁解を行つているとともに、当審に至るや新たに、太陽の光線のために右折の合図が見にくかつたのではないかなどとも供述しているのであるが、当時同人の自動車は東方より西方に進行していたのであつて、背後より太陽の光を受けていたのであるから、右供述には合理性がないというべきであり、何故に上野がかくも根拠薄弱な弁解を重ねる必要があつたのか、被告人に対する一時的の申訳や詫言としては理解し難い疑問がある。むしろ、本件事故の直前上野の自動車の右折の合図はなかつた旨の被告人や証人高山勇の原審並びに当審における供述等と照らし合わせて考察すると、右上野は右折の合図を出したことについて確信がないままに、被告人から右合図を現認していないと言われるや、遽かに前記のように種々窮余の弁解を重ねたものと考える余地が十分にある。それ故、本件事故の直前自車の方向指示器の点滅信号により右折の合図を出していた旨の上野の原審並びに当審における証言は、直ちにこれを採用し得る程信用性が十分あるものとはいわれない。しかも方向指示器の点滅信号以外の方法により上野が右折の合図をしたという事実は同人も証言していないのであり、他に原判決挙示の証拠のうちには右折の合図に関する事実を認めるに足りる証拠は全く存在しないのであるから、原判決が上野の証言を証拠として、同人が本件事故発生の前に右折の合図をし、被告人がこれに気付かなかつたとの事実を認定したのは、証拠の取捨を誤り、証拠価値のない証言を事実認定の用に供したものといわざるを得ない。
ところで原審において取り調べた各証拠および当審の事実審理の結果によれば、本件事故は神奈川県平塚市馬入橋の西方約二百四十米の国道第一号線(東海道)道路上において発生したものであるが、右国道は馬入橋より西方平塚駅前までほぼ直線となつている道路であり、右事故現場附近より北西に通称平塚バイパスと称する平塚秦野間の道路が分岐していて、従つて事故現場附近はY字型の交差点となつていること、そして当時被告人は平塚駅前方面から右国道第一号線上左側を東方の馬入橋方面に向い時速約四十五粁で進行し、前記分岐点の手前、右国道左側端にある黄色点滅信号灯を見てやや減速し、左方秦野方面から国道第一号線に向い進行して来る車両等の有無を確かめ、そのないことを確認して速度を旧に復し、進んで分岐点に差しかかつたところ、前方の国道上を馬入橋方向から対進して来る上野博文運転の貨物自動車を発見したこと、同人は貨物自動車を運転し、国道第一号線の中央線よりを時速約四十五粁で直進して来て、前記平塚バイパスの方向に右折しようとしたが、分岐点に差しかかる前から同車の右折を示す点滅信号器による合図をすることもなく、また他の方法による右折合図もなさず、同車の態勢も右折することを示す態勢をとらなかつたこと、従つて、被告人は上野車がそのまま国道第一号線を平塚駅方向に直進するものと信じ、ただ同車が大型貨物自動車であり、中央線よりを進行しているので万一の接触の危険を避けるためやや左方に転把して同国道上を直進したこと、然るに上野車は前記分岐点間近となつて突如平塚バイパス方向に右折をはじめたので、被告人ははじめて同車の右折することを知り、衝突を避けようとして急制動措置をとつたが間に合わず、原判示の本件衝突事故が発生したこと等の事実を認めることができる。そして、上野博文の原審および当審の証言中右認定に反する部分を除き、右認定を覆すに足りる証拠は原審と当審を通じ全然存在しない。
右認定の事実によれば、本件事故発生前被告人に前方不注視の事実はなく、被告人が、上野車がそれまでと同様に国道第一号線上を直進するものと信じ、自車を従前どおりの速度で直進させたことは、自動車運転者として正当な注意を用い適切な運転を行つたものと認むべきであり、本件事故は専ら対向車を運転していた上野博文が、右折するについてこれを対向車に知らせる適切な方法をとらず、衝突事故を未然に防止するための減速徐行、一時停止等の措置をとらなかつた過失に基因するものといわなければならない。
然らば原判決が本件において被告人に原判示の如き過失があると認定したのは事実を誤認したものであり、この誤認が判決に影響を及ぼすことは明白であるから、弁護人らの他の控訴趣意について判断するまでもなく、原判決はこの点において破棄を免れないものである。論旨は理田がある。
よつて、本件控訴は理由があるから、弁護人らのその余の控訴趣意に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三百九十七条、第三百八十二条により原判決を破棄し、同法第四百条但書に則り当裁判所において更に左のとおり判決する。
本件公訴事実は、被告人は自動車運転の業務に従事している者であるが、昭和四十一年三月十四日午前六時四十分頃、普通乗用自動車五ほ九八〇七号を運転し、時速約四十五粁で平塚駅方面より茅ケ崎市方面に向け進行し、平塚市馬入二千五百十番地先交差点に差しかかつた際、前方約七十米の地点に対向して来た上野博文(当二十一年)運転の大型貨物自動車を認めたのであるが、同所の自動信号機は黄色の点滅で注意信号を表示していたのであるから、自動車運転者としては、同車の動静を注視するとともに徐行して進行し、以つて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、同車を注視することなく漫然従前の速度のまま進行した過失により、同車の右折の合図に気づかず、約二十五米に接近した際、同車が右折し始めたのを発見し、急制動の措置をとつたが間に合わず、自車の左前部を同車の後部左泥よけ附近に衝突させ、因つてその衝激により、自車に同乗していた深味兼幸(当三十七年)に対し、頸椎骨折の傷害を負わせて、同日午前六時五十分同市平塚新宿八百六十三番地倉田病院において、同傷害により死亡させた外、自車に同乗していた高山勇(当三十八年)に対し、加療約二週間を要する頭部捻挫等の傷害を負わせたものであるというのであるが、右公訴事実を確認するに足りる証拠がなくその証明が十分でないから、刑事訴訟法第三百三十六条に則り被告人に対して無罪の言渡をすることとし、主文のとおり判決する。
(久永 津田 四ツ谷)